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僕の別居から離婚への‥心境をそして今生きる希望を探して。
第四 驚きと決意

 八方塞がり。すべてが悪い方向に流れていました。
 弁護士の対応などからしても、この先、一定の結論が出るまでにはまだ時間がかかります。会社の上司にも、いつまでも秘密にしていられません。家庭状態を報告しておかなければならない時期が来ていました。
 お父さんは、田上次長に報告することを決意しました。
「田上次長。いまお時間よろしいでしょうか」
 朝の会議が終わったところで声をかけました。
「ううん、いいよ。何だ」
「ええ、ちょっとお話が……」
「……どこか、別室に行くか?」
「ええ、はい。そうしていただくと有難いです」
 田上次長は、雰囲気を察して空いていた小さな部屋に入って、アームチェアーに腰掛け、お父さんも向かいのソファーに座りました。
「どうした?」
「はい……次長、実は、女房が子供を連れて出て行ってしまいまして、別居状態になっています」
「それは何時のことだ」
「七月、急に休暇のお願いをしたあの日のことです。退社して家に帰りましたら『もぬけの殻』で、お休みをいただいて女房の実家に駆けつけたんです。そしたら一一〇番するとか大騒ぎで話にならなくて……女房は離婚調停を申し立てておりまして、先日一回目の調停があって出頭してまいりました」
「やっぱりな。そんなことだろうと思っていたよ」
 意外な言葉が返って来ました。
「やっぱりって、次長、どういうことでしょうか?」
「ううん――。俊介、こういうことになったから話すけどな、奥さんがコンプライアンスに電話をかけて来たんだよ」
「電話ですか? 何時のことですか? 何て?」
「俊介、落ち着け。まあ、黙って聴け」
「ああ、はい。すいません」
 一瞬うろたえた。次長に諭され唾を飲み込みました。
「奥さんからは三回電話があったそうだ。最初は、春の人事異動のころだから三月中旬。内容は『主人は女を作って不倫している。ろくな男じゃない。出世させるような男じゃない』と言ったそうだ。それから夏ころまでに二回あって、やはり女のことが中心で、その他に、家庭を顧みないとか、子供の面倒をみない、暴力を振るうとかいろいろと俊介の悪口を言ったらしい」
「…………」
「電話を受けた担当は、奥さんに詳しく訊ねようとしたんだけど、話しているうちに前後が矛盾したり説明ができなくなる話が多いんだって。そうすると、奥さんは別の話に変えてしまうんだそうだ。それで、コンプライアンスも『奥さん少し変じゃないか?』と疑ったんだけど、そうはいえ、三回も電話が来るのは社員の家庭が問題を抱えているということだから、社員の身上把握と管理という観点で俺たちのところにも話があったんだ。注意を払えということだ」
「…………」
「それで、この話は、人事も、総務部長も承知していることなんだけど、『田中俊介という男はどんな男なんだ』と質問もあって、仕事はできるし性格も問題ないと答えておいた。だけど、これで奥さんが出て行って別居状態だということになると、俊介への風当たりは強くなるぞ。うちの会社は人事管理でもっているようなものだからな。トラブルは私的問題でも厳禁だ。それに、コンプライアンスの人間、人事を含め人の口には戸を立てられないから社内で噂にもなるだろう。尾ひれ背びれもつくしな。そこらへんも問題だがな」
「そうですか。そんなことが……。次長、私は辞めないといけないでしょうか? うちの女房がやったことは、亭主を女房が売り飛ばすようなものです。前代未聞です。恥辱です……会社にいられません」
 この時、お父さんの心の中には、お母さんの裏切りに対する大きな落胆と怒りが、ゴーゴーと音を立てて渦巻いていました。手のひらは汗ばみ、指を組んだり外したり、隠そうとしても指先にその気持ちが現われていました。
「女房が亭主を売り飛ばすか……そういう表現もあるな」
「前代未聞です。会社にいられません」
「バカなことを考えるな。俊介は一生懸命仕事をしているよ。会社に何か迷惑かけたか? 俺とは付き合いも長いから、俊介の性格はよくわかっている。苦しいと思うけど、仕事を辞めたら堕ちるぞ。仕事があるから耐えられるんだ。奥さんとの関係だってどうなるかわからないじゃないか。元に戻れるさ。頑張れ。俺たちは応援しているからな」
「…………」
「おい、俊介、しっかりしろ! 」
「あ、は、はい……」
「ところで、桜田課長は知っているのか?」
 次長は、桜田課長が仲人であることを知っています。
「はい。一緒に京子の両親とも会いました」
「そうか。俺からも経過を話しておくよ。いま、俊介が社内でおかれている立場もわかるはずだから」
 次長の励ましと心遣いに胸が熱くなりました。
 そして、平常心を失っているお父さんの態度を読み取り話題を変えました。
「それで子供たちはどうしているんだ?」
「はい、三人とも女房の実家の地区にある学校に転校しました。長男は竜峡中学校、娘二人は川路小学校です」
「俊介、飯はどうしているんだ?」
「ええ、何とか……男一人ですから、食べたり食べなかったり。弁当屋さんも近くにありますし。それよりアイロンがけが大変で」
「アハハ、俊介なー、アイロンなんてかけなくても命は取られないよ。それより、しっかり飯を食って、すべてはそこからだ」
「はい。ありがとうございます」
「今日の話は、一応上に報告はしておくからな。うちの課長も俺と同じ考え方だから心配するな。普通に出勤して普通に振る舞え。それと、今後の展開は、時々教えてくれ。じゃあいいか」
「はい。お時間すいませんでした」
 お父さんは立ち上がって深々と頭を下げ、田上次長は何事もなかったように、静かにドアを閉め立ち去りました。

 一人になり、ソファーに崩れるように倒れ込みました。立っていられなかった。
 お母さんが会社に電話をし、お父さんの悪口を話していた。信じられなかった。そんなことは考えたこともなかった。
 突然、夜中に休暇をお願いした時の、田上次長の何時もと違う反応はこれでした。
 お母さんが最初にかけた電話が三月ということは、出刃包丁を振り回した時期と一致します。
 誤解と思い込みで熱くなって、前後の見境もなく、会社にまで電話をしていたということです。しかもその後も数回。
 お母さんの所業は、どこから見ても、夫を陥れる行為にほかならないです。
 壊すだけ壊して、一番安心できる自分の実家に逃げ込み、おばあちゃんと弁護士の庇護の下で今度はそこから吠える。

 卑怯。卑劣。アンフェア。そして何より情けなかった。

 お父さんは、この日以降、会社の喫煙室には入らず、外にある喫煙場で煙草を吸うようになりました。
 みんながお父さんを、『あいつ不倫しているんだ』『女房子供に逃げられたらしい』と、奇異な目で見ているんじゃないだろうか? そんな恐怖心に襲われていました。
 人が集まる場所を自然と避けるようになって、安心できる場所は家だけでした。退社して、家の玄関のドアを閉めて外部と遮断された時に、やっと安心することができました。
 お父さんの苦悩は、お母さんが出て行った時に増して大きくなっていました。君たちに会えない父親の苦悩と孤独感。人間への恐怖心。妻の所業に対する落胆と怒り。拭えない理不尽、不条理への無念。
 何のために生きているのかさえもわからなかった。
 積み上げた信用が、人生が、家族の歴史が、ガタガタと大きな音を立てて崩れて行く、そんな想いだけが募っていました。
 これまで持ち合わせていなかったお母さんへの怒りが頭をもたげ、これを
「俊介ダメだ。喧嘩するんじゃない。お前の大切なものは何だ? 家族だろう。お前が我慢しなくてどうするの! 父と母が喧嘩すれば、それは子供たちの悲しみじゃないか! やめろ。やめるんだ!」
 と、もうひとりの俊介が理性を働かせ押さえつけていました。
 桜田課長も、「俊介、喧嘩だけはするな。何ひとついいことはないから」と心配してくれていました。
 寝ても覚めても、自転車のペダルを踏んでいても、毎日、何時でもこの戦いを繰り返していました。
 暗く深い出口のない穴に落ち込み、大きな苦悩と葛藤に喘いで、苦しんでいました。

 その頃、お父さんは、調停を申し立てた内容を確認するため、家庭裁判所に電話を入れ、女性の担当者に取り次ぎをお願いしました。
「離婚調停でご迷惑をおかけしている田中俊介です」
「ああー、はい、何でしょう」
「妻の申し立ての内容を教えてもらいたくて電話しました。ペーパーをもらえるなら有難いですし、無理なら口頭で教えてもらえませんでしょうか」
「ううーん、それはちょっとできません」
「どうしてですか? 私は当事者ですから問題ないと思うんですが」
「ううーん、個人情報ですからお伝えできません」
 ――? 個人情報? 確かに、京子の申し立ては個人情報だと思うが、当事者がそれを知らなくて、双方から事情を尋ね、意見を聴き、納得できる解決など図れるはずがない。そんなことで公平で客観的な調停が進行できるのだろうか。
 お父さんは、何も聴かされずに子供を連れ去られ、調停を申し立てられて出頭までしています。
 何が原因で、何を訴えられているのかも知らず呼び出されているなんて変だと思いました。
「個人情報といったって、私は訴えられているんですから、何を訴えられているのかもわからなければ話しもできないじゃないですか?」
「私に言われても困りますから、調停委員に話してください」
 簡単に断られてしまいました。
 調停とはそういうものなのだろうか。調停に出頭する相手方には、個人情報を理由に調停申立ての内容が伝えられないのだろうか。それとも個別の事案によるのだろうか。
 具体的な理由も知らされず、実質、調停委員の質問に答えるだけで調停が進んでしまう。お父さんはこの電話の受け応えも釈然としませんでした。

 お母さんが生活費をいくら下ろすのかも気になっていました。
 銀行のATMで確認すると、二十万円を下ろしていました。
 お父さんは驚きました。
 恥ずかしいけど、お父さんの手取り給与は、月の超過勤務や休日給の額で変動するんだけど、二十五万円から三十万円の範囲です。そこから、住宅ローンを支払い、光熱費やら何やら支払えば、月々の生活は目いっぱいでした。それが、お母さんが二十万円も下ろしてしまえば、住宅ローンの支払いで残り数万円しかありません。
 生活するどころではなかった。
 しかも、別にお母さんの携帯電話の支払い請求書が届き、確認したところ三万円でした。

 お母さんは突然出て行った七月に二十万円持ち出しています。そして翌八月に二十万円。
 京子は、実家に住んでいるんだし、子供たちも義務教育。二十万円がなければ生活できない状況ではないでしょ。自分のことばかり考えて、お父さんの生活のことなど何ひとつ考えていませんでした。

 お父さんは手紙を書きました。
 〈二重生活になっているのだから、こちらの生活も考えてお金を下ろしてくれ。それができないなら、通帳と印鑑を一旦返してほしい。それから、必要な額をお互い話をしながら送金するから〉
 といった内容です。
 しかし、無視。音信不通だった。そして、九月も同じ二十万円を下ろして、プラスアルファで携帯電話の請求もありました。
 お金を送金しないと言っているのではありません。二重生活なのだから、お互いやり繰りしなければ生活できない、配慮し合おうと言っているだけだった。これでは生活が持ちません。仕方なく、届け出印を改印し、預金通帳でお金を下ろせないようにしました。
 携帯電話については、自分で支払うよう伝えたけど、支払い遅延で契約者のお父さんに請求が届きました。お父さんは遅延分を支払い、仕方なく携帯電話も解約しました。
 そして、お母さんには、とりあえず生活費として一〇月に十万円を送金しました。

 二回目の調停については、仕事の都合で延期をお願いしました。
 沢田弁護士からは(延期となり誠に遺憾)と抗議の手紙が届きました。自分たちで勝手に調停を申し立て、相手方が都合を合わせなければこれを批判する。これも勝手だと思いました。
 電話は着信拒否。仲人も、実家の父も会えない。会社に電話を入れ夫を陥れる。生活費は自分のことだけ考えて下ろす。さらに携帯電話の支払いも回す。

 お父さんは覚悟しました。
 離婚届の用紙を市役所でもらい、署名と印鑑だけ押して、手紙を添えてお母さんに送ったんだ。
(離婚届を送ります。どうしても嫌だという人を縛って連れ戻すことはできません。どうしても離婚だと言うのであれば、空欄に好きなことを記入して出してください。でも、私は最後まで、家族がまたひとつになって暮らせるように努力します)
 この時に誓った。お母さんを訴えることはしないと。
 それが妻への信義、君たちへの信義だと。
 その代わり、お母さんには悪いことは悪いと、たとえ手紙だけしか伝える方法がなくても、読んでも読まなくても、その手紙を裁判で使おうとも、はっきり伝えると。
 お父さんにとって、訴訟の世界などは有利不利というつまらない話だった。
 そんなことより大事なものがあると信じていた。
 お父さんにとっても、お母さんにとっても、そして君たちにとっても一度しかない人生。後悔したくなかった。たとえ人様に「お前バカか」と言われようが、最後まで、人として、夫として、父として、男として、人生を振り返った時に、恥じることのない足跡を残す。
 父と母が争い、拭い去れない悲しみの歴史を君たちに残したくない。
 父と母が争い、子の腕を引っ張り合うような家族の歴史を君たちに残したくない。
 そう生きようと決意しました。



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【2012/09/16 01:40】 | 感謝の言葉とお知らせ
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